英訳の追加 (Added English translation)

 

本ブログの累積閲覧データ「閲覧数ランキング上位の国」を見て、ちょっと驚いた。

 

過去6か月においては、上位から

   日本     :31 %

   アメリカ合衆国:18 %

   シンガポール :15 %

   韓国     :10 %

   ドイツ    : 4 %

   インドネシア : 2 %

   インド    : 2 %

   カナダ    : 2 %

   イギリス   : 1 %

   その他    :14 %

   

過去3か月においては、

   アメリカ合衆国:22 %

   シンガポール :18 %

   韓国     :13 %

   日本     : 7 %

   ドイツ    : 5 %

   カナダ    : 2 %

   オランダ   : 2 %

   イギリス   : 2 %

   インド    : 2 %

   その他    :27 %

となっている。

 

日本国内で読まれることだけを想定しており、もちろん日本語でしか書いていない。海外で日本語のわかる人が読んでくれたのだろうか、それとも海外にいる日本人が読んでくれたのだろうか。

なぜ、閲覧比率が海外の方が高いのだろうか。このブログは日本で人気が低いのだろうか、それともグローバルに人気があるのだろうか。

 

とりあえず、試験的に英訳版を追加してみることにした。

 

 

English Translation

 

I was a bit surprised when I looked at the cumulative view data for this blog, "Top Countries in View Ranking."

 

In the past 6 months, from the top, it was:

Japan: 31%

United States: 18%

Singapore: 15%

Korea: 10%

Germany: 4%

Indonesia: 2%

India: 2%

Canada: 2%

UK: 1%

Other: 14%

 

In the past 3 months, it was:

United States: 22%

Singapore: 18%

Korea: 13%

Japan: 7%

Germany: 5%

Canada: 2%

Netherlands: 2%

UK: 2%

India: 2%

Other: 27%

 

It is intended to be read only in Japan, and of course it is written only in Japanese. Was it read by people overseas who understand Japanese, or by Japanese people living overseas?

Why is the viewer ratio higher overseas? Is this blog unpopular in Japan, or is it popular globally?

 

For now, I've decided to experimentally add an English translation.

無頓着と奴隷

 

物価の上昇もあり、現在では給与について皆が敏感になってきている。

しかし過去には、雑談をしていたらこんなことを言った人がいた。「給料が増えても、小遣い変わらないからなあ・・・」

 

聞いてみると、彼は給料を全額家に入れ(=奥さんに渡し)、そこから自分の使うお金を小遣いとしてもらっているとのことだった。家に入れたお金の使い道(家計)は知らない、給与明細もきちんと見ていないと言っていた。

 

給料を家計に繋げ、自分の小遣いを得るには、3種類の方法がある。

1つ目は、彼のように全額を家に入れ、その中から一定の小遣いをもらう方法。給料の増減に家計は影響を受けるが、小遣いは変わらない。

2つ目は、家に必要な一定額を入れ、残りを自分の小遣いに充てる方法。給料の増減に家計は影響されないが、小遣いにはもろに反映される。

3つ目は、全てを自分で管理し、包括的に家計と小遣いの割合を決める方法である。

 

いづれにしても、自分の稼いだお金の詳細やその使われ方を知らないというのは、どうなのだろうか。自分の生み出した価値(=給与)を自分で把握できず。管理もしない。無頓着さによる「奴隷」ではないだろうか。

家計の細かい管理までする必要はないが、自分の給料と家計の関連について概要は理解しておく必要があると思う。それが働く意欲にも繋がる。

試験データの流用

 

自動車メーカーによる型式指定の不正申請が相次いで発覚している。一言でいえば、正規の手順に乗っ取らない数値データを申請用の試験結果として提出したということだ。

複数の企業が行っていたということは、一社だけの問題ではなく業界としての問題が潜んでいると考えるべきであろう。

 

では、自動車業界だけの問題だろうか。

法律違反になったわけではないが、私にもデータの流用をした経験がある。ただ。これは他に考え付く方法がなかった。カスタム設計の一品物のデータを納品後に提出要求を受けた。事前にそんなデータ提出の要望はなく、法律的にもそんな規定はないものであった。

それは無理と返答したのだが、何とか形だけでも整えてほしいと言われ、先方の了解を得て、類似品のデータを提出したことがあった。

 

通常。少量製作のカスタム品は、法律的な規制がなければ、発注側からの依頼がない限り、特別な試験は行わない。社内ルールに乗っ取った試験を行ってOKとする。され以外の試験や検査が必要であれば、事前に伝えられていなければならない。時間も費用も余分にかかる。試験内容によっては、試験装置を手配したり、外部に委託したりする必要が生じる。

つまり、要求がないのにこれらをすると、納期に間に合わず、コストが膨れ上がるという問題が発生するのだ。

 

法律的な問題はなく先方の了承を得て行ったこととはいえ、何となく釈然としない気分だったのを覚えている。

オーバースペック

 

「良いモノを作る、出来る限り良いモノを、良いモノであれば買ってもらえる(売れる)。」

ずっと言われ続けてきたことだ。「良いモノを作る、出来る限り良いモノを作る」は道義的には正しい。しかし、「良いモノであれば買ってもらえる」かどうかは別だ。その良さに値する対価で買ってもらえるかは別の話になる。

 

発注を受けて、設計・製造し納品した時、「ここまですばらしいモノを作ってもらえるとは」と感謝されることもある。しかし、支払になると、当初予定していた予算内での支払しかしてもらえない。要求されたスペック以上の部分については、支払はされない

言い換えれば、要求を超えるスペックのモノを作ったのは、受注製造した会社の勝手であり、それに対しての支払いはしない、ということだ。ビジネスの論理からすれば、真っ当な話である。

といって、元の要求内容にスペックダウンをすることは受け入れてもらえない。

 

結局、「いやいや、気に入っていただければそれで結構です。赤字にならなければいいですから。」とかなんとか言って、利益のほとんど出ない製品を生産し納品し続けることになる。

 

良いモノを作ることは大事だが、それによる価格アップの承諾を得ずにオーバースペックのモノを作ってしまうのは避けなければならない。感謝はされても、支払はされない。

Mustは何か

 

設計依頼があり、その仕様書が来る。

その際、必要なことは何だろうか?

 

まずは、読むこと。斜め読みせず、隅から隅まで丁寧に読み返そう。

そして、その内容を自分なりにまとめること。

 

それはどうゆう目的で使われるのか、どのように使われるのか、どのような環境で使われるのか、耐用年数はどれだけを想定されているのか、いつ必要なのか、どれだけ必要なのか等を読み出し、まとめる。

仕様の条件をまとめ、矛盾がないか、出来る内容なのかをまとめる。つまり、仕様の精査をする必要がある。

 

たいていは、この時点でいくつかの問題が見つかる。依頼先に確認をすることになるが、この時、「マスト絶対に必要な条件)は何か、各項目の優先順位は何か」を必ず聞いておく必要がある。

おそらく、要求された仕様を全て満足させることはできない。論理的にできない、自社の技術や設備ではできない、コストや納期的に難しい等があり得る。

 

となれば、何を取り、何を捨てるか、という取捨選択が必要になる。依頼先に、マストの条件を確認するのは当然として、使用目的使用方法も知っておく必要がある。そうでないと、過剰品質またはその逆にもなりかねない。

安かろう悪かろう

 

家のシロアリ予防の工事を行った。

これまでも防虫対策工事は行ってきていたが、今回は依頼する業者を変更した。

以前の業者に委託した経緯は、当時、私が家にいなかったこともあり詳細は不明だが、費用が安かったためらしい。世間相場のほぼ半分であったとのこと。

 

何か不審な感じがしたので記録を調べようとしたが、見積もりもなければ、調査記録や工事記録もない。床下に潜って作業はしていたとのこと。玄関の柱の一部に穴をあけた跡があり、軒先に工事済のステッカーが貼られている。工事後の定期点検のようなものはなく、5年経過後に再工事の打診が来るとのことだ。

 

業者について調べてみたが、WEBサイトはなく、「日本シロアリ対策協会」の会員名簿にも見当たらなかった。わかるのは電話番号だけであった。

 

好ましいとは思えなかったので、工事業者を変更した。

事前調査と見積もりを依頼したところ、以前の業者の手抜きが見つかった。柱に穴をあけ薬を注入したところにする栓(キャップ)は、見えるところだけにしかされていなかった。本来対策が重要な水回りであるトイレのようなところであっても、面倒で手間のかかるところには工事がされていなかった。このことは、今回の事前調査を行った際に撮影された写真で確認できた。

 

何のことはない。手抜きをして工数を減らしていたので世間相場の半額で工事が出来ていたのだ。もちろん、施工後の保証をうたった文書はなく、点検もない。

 

この件からもわかることは、あまりにも安いものには それなりの理由があるということだ。

何も考えずに安さだけを求めると、足元をすくわれてしまう危険がある。モノであればその原価を、作業であればその時間と工賃を考えれば、それらを大幅に逸脱した金額は何かあると思わなければいけない。何かが省かれているはずなのだ。見えない部分の手抜きは、性能、耐久性、安全など、何かに問題を抱えている、あるいは将来問題が発生する可能性が高くなっている。

 

製品あるいはサービスに見合った価格なのかどうか、高すぎないか安すぎないか、よく考えてみるべきだろう。

未完成品

 

通信機器のサービスエンジニアをしていた何十年も昔の話である。

 

新製品が次々と出されるのだが、やたらトラブルが多い。

障害コールが一日に何件もあり、その対応だけで毎日が忙殺されていた。修理しても修理しても、また再発して呼び出しを受ける。その場の対処だけで根本的に直っていないのだ。

そして半年~1年して、対策部品が出され始め、12年かけてようやく落ち着く。

これが出る新製品ごとに繰り返されていた。

 

ある時、新製品の技術講習の場で、講師をしていた製品の設計チームの一人がポロっと言った。

「時間の制約もあり、製品を80%程度の完成度で出さざるを得なくなっています。迷惑をかけて申し訳ないが、よろしくお願いします。」

なんと、未完成の製品を確信犯で世に出していたのだ。

 

現在のようにソフトウェアをバージョンアップして書き換えて対応などできない頃の話だ。対応は、ハードウェア、現地での部品交換か調整である。

タイムリーに新製品を市場に投入していたのは良いのだが、未完成で出荷し、その後始末対応をサービス部門に任せたのは、妥当な選択だったのだろうか?

 

ここで。ちょっと見方を変えて見てみたい。

当時は今と異なり、新しい技術を使った製品が次々に世に出た。今より製造業が活況だった。完璧でなくても、ある程度使用可能となれば、発売していた。ある意味、怖いもの知らずの若さ・元気さがあったのかもしれない。

逆に現在は、完璧を目指すあまり、新製品が生まれにくくなっている。ある程度見切りが付いたら、完璧でなくても世に出し、それをアップデートしていくという考え方も必要だと思う。それがイノベーションにつながるのではないだろうか。

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